朝鮮半島分断の歴史~朝鮮戦争の原因を簡単に分かりやすく~

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

こんばんは!

板門店ツアーでは、地上に残された冷戦地帯として、今も南北が対峙しているという現実をみることができました。

そもそも何故、朝鮮半島は分断されてしまったのでしょうか!?

38度線

太平洋戦争敗戦後、朝鮮半島は1910年~1945年まで続いた日本の植民地支配から解放されました。

しかし、直ぐに朝鮮半島は連合国の政策で、連合国軍の軍事占領下に置かれることが決められ、北緯38度線を境に「北側をソ連」が「南側をアメリカ」が占領することになりました。

当初は自由に行き来できましたが、冷戦下南北とも新しい国作りが始まり対立を深めていきました。

そして、1946年5月23日に突然、往来禁止になりました。

38度線を境に、親戚がいた人や仕事をしていた人、たまたま旅行をしていた人などが帰れなくなり、離散家族が発生することになりました。

2つの国家

その後、1948年8月に南に「大韓民国」が、9月に北には「朝鮮民主主義人民共和国」という別々の国家が成立しました。

また、北は「社会主義体制」を、南は「資本主義体制」をとり、これを機に本格的な分断へと至ることになりました。

この両国が対立する朝鮮半島で、1950年6月に朝鮮戦争が勃発しました。

北は「アメリカと韓国が計画的に準備した侵略戦争」だと主張。

一方、南は「北朝鮮が朝鮮半島でも社会主義による統一国家の建設を目指し侵略してきた」と主張。

南北ともそれぞれを主張しますが、1950年6月25日未明に10万人の北朝鮮軍が宣戦布告もなしに南側へ侵攻してきました。

スポンサーリンク

戦争の背景

韓国には日本に駐在していた「国連軍」の軍旗を掲げたアメリカ軍が、北朝鮮には中華人民共和国から義勇兵が参戦し、内戦にとどまらない国際的な戦争となりました。

そもそも、韓国と北朝鮮の対立の背景には東西冷戦から続く、アメリカとソ連(ロシア)・中国の対立が存在します。

先述しましたが、アメリカはこの戦争が起こる前から朝鮮半島にソ連(ロシア)の支配が及ぶことを恐れて、南朝鮮に大韓民国を成立するように働きかけていました。

一方の北朝鮮は、ソ連のバックアップもあり建国しています。

「資本主義体制」「社会主義体制」で犬猿の仲であった両国は、この朝鮮戦争でさらにその対立を激化してしましました。

その後、両軍は血みどろの戦闘を繰り返しましたが勝敗がつかず、1953年7月27日に両軍が対峙したまま休戦協定が成立しました。

この戦争での死傷者は、統計によって大きなバラツキがありますが、およそ500万人以上となっています。


38度線を境に、現在も休戦状態であり、東アジア情勢の不安定要因の1つにもなっています。

一刻も早い平和が訪れることを世界中が願っています。

つづく

スポンサーリンク

スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。